私は今の職種はゲーム会社のCGデザイナーですが、昔はデザイン事務所で紙のデザイナーをしていました。マニュアルやチラシ、パンフレットなどの印刷物のデザインが主な作業でした。
当時のデザイン事務所は労働時間が長く、週休二日でもありませんでした。何よりもデザインの仕事を始めたばかりで、自分に自信がなくて辞めようかと考えたこともありました。
仕事の内容もデザインではなく、最初は単純作業がほとんどでした。
仕事はひたすらクリッピングパスの作成
印刷系のデザインを担当されたことがある方なら、画像を切り抜くためのクリッピングパスの作成、という作業がお分かりになると思います。
チラシを作成するときには商品画像を載せる必要があります。その商品の周りをパスで切り抜く作業がクリッピングパスの作成です。
上記の画像だと、きつねうどんの周りはオレンジ色になっています。これは商品撮影をするときに、きつねうどんの周りにオレンジ色シートを置いている訳ではありません。きつねうどんだけが表示されるように、画像を切り抜いているのです。
要は当時の私の作業は上記のような画像の切り抜きか、マニュアル用のテクニカルイラスト(組み立て系のマニュアルによくある線画)の作成でした。
実際にデザイン作業を担当することはほとんどなく、ひたすら画像を切り抜くことが私の仕事でした。
捨て案を作成するようになった
2年くらいしてから、ようやくいくつかのデザインを担当することになりました。デザインの仕事といっても、一つの仕事を任される訳ではありません。私が主に担当したのは捨て案の作成でした。
デザイン事務所によって仕事の進め方は異なると思いますが、当時の私が所属していたデザイン事務所は、広告代理店から仕事が来たときに複数案を用意していました。
- A案 先輩デザイナーが作った本命案
- B案 先輩デザイナーが作った別案
- C案 下っ端デザイナーが作った捨て案
このC案の作成が私の担当でした。
捨て案といっても、デザイン事務所として提案するものなので、変なものを提出することはできません。先輩デザイナーのチェックも入るので、気合を入れて作成していました。
そして心のどこかで、
オレが作ったデザイン案が選ばれることがあるんじゃないか?
と考えていたのですが、先輩デザイナーとの実力差は大きく、選ばれることは一度もありませんでした。
あるとき私の捨て案が選ばれた!
そうやって捨て案を何十回と作り続けて、その全てが「捨て案」の名の通りに選ばれることがなかったのですが・・・何十回目かで、私が作った捨て案がクライアントに選ばれたことがありました。
最初は信じられなかったのですが、いつもは無口な先輩デザイナーが、
選ばれたからにはちゃんと最後まで仕事をしろよ。修正はいくつか入っているぞ
と色々と修正点を指示してくれました。
先輩デザイナーは自分のデザインが選ばれなかったことは全く気にしておらず、むしろ私の案が選ばれたことを喜んでくれていました。しかも、より良いデザインになるように的確にアドバイスまでしてくれました。
このブログの古い読者ならご存知かもしれませんが、下記の話に出てくる先輩と同じ方です。私が今でも頭が上がらない師匠的な存在です。
デザイナーが間違った仕事をすると人が死ぬ
先輩が教えてくれた人生を良くするためのささやかな11の習慣
ある日、帰り道に立ち寄った場所で
それから数週間後のことだったと思います。先輩デザイナーから飲みに誘われました。先輩デザイナーはお酒を飲む人でしたが、私があまり飲めないのを知っていたので、珍しいなと思いながらもついていきました。
2時間ほど二人で飲んだあとに店を出ました。その後、先輩デザイナーが最寄り駅とは反対方向に行こうとするので、酔っていて間違っているのかと思い声をかけると、
まあまあ。見せたいものがあるからついてこいよ
という返事が返ってきました。 見せたいものって何だろう?、と思いつつも、先輩デザイナーのあとをついていきました。
5分ほど歩いてから、先輩が指で指し示したのは壁に貼られた一枚のポスターでした。 それは私が捨て案として作成して、クライアントに採用されて世に出ることになったあのポスターでした。
もちろんポスターそのものは印刷が上がってきたときに見ていたのですが、街中で貼られているのを初めてみたのです。クライアントが小さい会社だったので、ポスターがどこに貼られているのかは全くわかりませんでした。
先輩はわざわざ貼ってあるところを調べてくれて、私をそこまで連れてきてくれたのです。
そのポスターをみて私はポロポロと泣いていました。自分でも驚くくらいに。
自分の手がけたものが世に出ることが、こんなに嬉しいものなのか、と心から感動していました。
先輩は見て見ぬふりをしてくれて、明日、遅れるなよー、と声をかけて去っていきました。
あのポスターと先輩が居なければ、デザインの仕事を続けていなかったかも、というお話でした。
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