鍬を担ぎ、籠を背負い、煙草を吹かしながら歩く老婆をかっこいいと感じた話

思い出話

私は煙草を吸いません。どちらかというと嫌いな人間です。映画やドラマなどで煙草を吸うシーンがあっても、かっこいいと感じたことはありません。でも、一度だけ煙草を吸うおばあちゃんをすごくかっこいいと感じたことがあります。

 

それは田舎で煙草を吹かしながら歩くおばあちゃんを見たときのことでした。

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鍬を担ぎ、籠を背負い、煙草を吹かしながら歩く老婆

昔、田舎に住んでいた。

夜になるとカエルの合唱が五月蝿いくらいに鳴り響いた。

街灯はなく、夜になると空気に墨汁を溶かしたような闇だった。

 

そんな田舎の夕暮れだった。

一人の老婆が歩いていた。

 

夕焼けの中を、鍬を担ぎ、籠を背負い、煙草をくゆらせながら歩いていた。

今日もいい仕事した、という充実感がその体からは滲み出ていた。

 

紫煙は老婆の周りをゆっくりと棚引き、その横顔は夕日を浴びて黄金色に輝いていた。

 

充実感が身体からににじみ出ていたおばあちゃん

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いつもと違う文体で、私が過去に目にした情景を書いてみました。読み返してみると凄く照れくさいのですが、まあ、たまにはこういうのも良いかと思います。

 

実際にそのおばあちゃんを目にしたのは、20年近くも昔のことでした。当時の私は関西のある片田舎に住んでいました。大阪の梅田まで電車で1時間半くらい、というと、関西在住の方であれば、だいたいの距離感がつかめるかと思います。

 

そんな田舎の週末に、自転車で生活用品を買いに行った帰りのことでした。鍬を担ぎ、籠を背負ったおばあちゃんがゆっくりと歩いていたのです。煙草を吹かしながら、ゆっくりとした足取りで歩いておられました。

 

おばあちゃんは風景に溶け込みそうな感じで、身体からは野良仕事をしてきたあとの充実感がにじみ出ていました。そのときの情景がすごくかっこいいと感じたのです。歩き煙草というと、本来は褒められたものではないのでしょうが、そのときのおばあちゃんはすごくかっこよかったかな。

 

日々の仕事を終えて帰るときに充実していればいい

仕事を終えて帰るときに、充実感が得られるのであれば、それにこしたことはありません。でも、当時の私は仕事の充実感は皆無でした。これでいいのか、とずっと悩みながら仕事をしていた記憶があります。今となっては何に悩んでいたのかも忘れてしまったのですが。

 

それだけに煙草をくゆらせながら歩くおばあちゃんをかっこいいと感じたのでしょう。毎日、これくらい充実した仕事ができればいいなあ、と思いながらそのおばあちゃんを眺めていたことを今でも覚えています。

 

実際にはそのおばあちゃんが、充実した日々を送っておられたのかどうかは分かりません。でも、その姿はとてもかっこいいものでした。

 

日々の仕事を終えて帰る時に充実感が得られるのであれば、それだけで幸せな日々といっていいのかもしれませんね。

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