誰も見ていない時間

ゲーム、読書、マンガ、ライフハックなどの雑記

三国志 全12巻+外伝 宮城谷昌光 梁冀の死が三国志の始まりなのか

スポンサーリンク

 

宮城谷昌光氏の三国志を読了しました。三国志は正史と演義がありますが、その違いは、
  • 正史 歴史書
  • 演義 歴史小説

になります。三国志演義は史実を基にした歴史小説で、蜀漢を建国した劉備を中心に虚構を3割くらい含めて記述されています。

 

宮城谷昌光氏の三国志は正史です。しかも黄巾の乱からではなく、曹操の祖父である曹騰の時代から始まります。

f:id:kitahana_tarosuke:20170927235202j:plain

三国志は三国志演義と正史の2種類

前述しましたが、三国志は大きく2つに分けることができます。三国志演義と正史ですね。横山光輝のマンガ版や、吉川英治の小説は三国志演義をベースにしています。

 

後に蜀を建国する劉備を主人公として、
  • 黄巾の乱
  • 桃園の誓い
  • 董卓の専横と横死
  • 呂布や袁紹
  • 曹操、孫堅といった群雄割拠
  • 曹操の台頭
  • 官渡の戦い
  • 赤壁の戦い
  • 劉備の入蜀
  • 関羽の死
  • 夷陵の戦い
  • 三国鼎立
  • 諸葛亮の北伐からその死去
などが演義のメインストーリーでしょうか。

 

三国志演義はいわば正史を元にした歴史小説なので、史実と異なるところがたくさんあります。

 

桃園の誓いや呂布と恋仲になる美女である貂嬋は演義にのみ登場します。史実と異なる人物が活躍したり、逆に活躍したはずの人物があまり取り上げられなかったりしています。

スポンサーリンク

 

 

宮城谷三国志は正史が元になっている

宮城谷氏の三国志は正史をベースにしています。
そのため三国志演義と活躍する人物が異なっていることが多くあるのですが、そんな宮城谷三国志で、最も印象深い人物は梁冀でした。

 

梁冀は後漢の政治家で三国志演義には登場しません。ひょっとしたら正史にも登場しないかもしれません。宮城谷氏以外の正史を読んだことがないので分からないのですが。

 

というのも梁冀が活動したのは130年から140年代なのです。黄巾の乱が184年ですから、それよりも20年以上も前の話になります。

 

後漢の政治を壟断した梁冀

君側の奸、という言葉がありますが、この後漢の梁冀こそがそれにあてはまるでしょう。その専横ぶりには凄まじいものがあります。

 

妹が皇帝である順帝に嫁ぎ、外戚となったことから梁冀の専横が始まります。
梁冀を抑え込もうとした名政治家の李固を誅殺し、自分に敵対する人物をことごとく退け、一族を次々と役職に登用し、外戚としての地位を確固たるものにします。

 

皇帝の継承さえも自在に操り、自分が帝位につけた8歳の質帝から注意されると、質帝は聡明で操りにくいと感じ毒殺してしまいます。

 

質帝のあとに14歳の桓帝を即位させるのですが、この桓帝が19歳のときに転機が訪れます。梁冀の妹である梁太后が死去したのです。

 

梁冀を排除すべく桓帝が行動を起こします。
信頼できる宦官単超ら5人と図り、梁冀派の宦官を逮捕し、梁冀の役職を取り上げたのちに邸宅を取り囲み、ついには自害に追い込みます。このシーンは宮園谷三国志を読んでいて一番緊迫感のある下りでした。

 

梁冀の死後、勢力を伸ばした宦官の中に曹騰が

梁冀を打ち倒した宦官が今度は勢力を伸ばし始めるのですが、この時に勢力を伸ばした宦官に曹騰がいます。曹操の祖父ですね。

 

曹騰は宦官なので子どもがいません。養子になったのが元々夏侯氏を名乗っていた曹嵩です。曹操の父に当たる人物で、三国志演義に登場するのはこの曹嵩あたりからですね。

 

梁冀の死後、宦官の力が強まり、曹騰らが勢力を広げたことを考えると、三国志の始まりは黄巾の乱ではなく、梁冀の死なのかもしれません。

スポンサーリンク

 

 

他に印象的だった武将は曹仁と鮑信

三国志演義にも搭乗する武将で印象的だったのは曹仁と鮑信です。
 
曹仁は曹操の従兄弟で、騎兵を率いて名将といっていい活躍をします。潼関の戦いで馬超と渡り合ったり、樊城の戦いでは関羽を退けたりと、正に名将といっていい武将なのですが、演義はそれほど活躍した印象はありません。この辺りは演義が蜀漢中心に書かれているので仕方のないことかもしれませんが。
 
鮑信もそうですね。曹操の親友であり、曹操を助けるために命を落としてしまうのですが、演義では董卓を倒すための連合軍の武将の一人という扱いです。

 

まとめ ー 四字熟語にもなった梁冀

宮園谷三国志を読むまで知らなかったのですが、「梁冀跋扈」という四字熟語があるそうで、これは「自分の欲望のままにわがままな振る舞いをすること」だそうです。
千数百年も前の政治家の振る舞いが、四字熟語になること自体が凄いと感じます。

 

宮城谷三国志の書評を書くつもりが、すっかり梁冀の話になってしまいました。
でも、歴史上の人物って、一癖も二癖もある人物の方がおもしろいですね^^
 
時代が曹操の祖父である曹騰の幼少期くらいから始まるので、後漢の宮廷争いや楊震、李固、そして梁冀などの三国志の前史を知りたい方にもお薦めです。

 

おまけ ー 梁冀とうさぎ

Googleで梁冀と入力すると続いて表れるワードに「うさぎ」と表示されます。これは梁冀とうさぎが関係したエピソードが影響しているようです。

 

梁冀はうさぎが好きで、広大な土地にうさぎを放し飼いにして愛玩していました。あるとき、西域から旅してきた商人達がそれを知らずに一羽を殺したところ、怒った梁冀は商人達を10人以上殺害したそうです。何をか言わんや、ですね(・_・)