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三国志 全12巻+外伝 宮城谷昌光 梁冀の死が三国志の始まりなのか

宮城谷昌光氏の三国志を読了しました。写真が外伝しかないのは、実は購入したのはこの外伝だけで、他は全て図書館で借りて読んだからです^^;

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三国志三国志演義と正史の2種類

三国志は大きく2つに分けることができます。三国志演義と正史ですね。
 
横山光輝のマンガ版や、吉川英治の小説は三国志演義をベースにしています。
 
後に蜀を建国する劉備を主人公として、黄巾の乱、桃園の誓い、董卓の専横と横死、呂布袁紹曹操孫堅といった群雄割拠、曹操の台頭、官渡の戦い、赤壁の戦い、そして劉備の入蜀から関羽の死と夷陵の戦い、三国鼎立、諸葛亮の北伐からその死去まで、などが演義のメインストーリーでしょうか。
 
三国志演義はいわば正史を元にした時代小説なので、史実と異なるところがたくさんあります。
 
桃園の誓いや呂布と恋仲になる美女である貂嬋は演義にのみ登場します。史実と異なる人物が活躍したり、逆に活躍したはずの人物があまり取り上げられなかったりしています。
 

宮城谷三国志は正史が元になっている

宮城谷氏の三国志は正史をベースにしています。
そのため三国志演義と活躍する人物が異なっていることが多くあるのですが、そんな宮城谷三国志で、最も印象深い人物は梁冀でした。
 
梁冀は後漢の政治家で三国志演義には登場しません。ひょっとしたら正史にも登場しないかもしれません。宮城谷氏以外の正史を読んだことがないので分からないのですが。
 
というのも梁冀が活動したのは130年から140年代なのです。黄巾の乱が184年ですから、それよりも20年以上も前の話になります。
 

後漢の政治を壟断した梁冀

君側の奸、という言葉がありますが、この後漢の梁冀こそがそれにあてはまるでしょう。その専横ぶりには凄まじいものがあります。
 
妹が皇帝である順帝に嫁ぎ、外戚となったことから梁冀の専横が始まります。
梁冀を抑え込もうとした名政治家の李固を誅殺し、自分に敵対する人物をことごとく退け、一族を次々と役職に登用し、外戚としての地位を確固たるものにします。
 
皇帝の継承さえも自在に操り、自分が帝位につけた8歳の質帝から注意されると、質帝は聡明で操りにくいと感じ毒殺してしまいます。
 
質帝のあとに14歳の桓帝を即位させるのですが、この桓帝が19歳のときに転機が訪れます。梁冀の妹である梁太后が死去したのです。
 
梁冀を排除すべく桓帝が行動を起こします。
信頼できる宦官単超ら5人と図り、梁冀派の宦官を逮捕し、梁冀の役職を取り上げたのちに邸宅を取り囲み、ついには自害に追い込みます。このシーンは宮園谷三国志を読んでいて一番緊迫感のある下りでした。
 

梁冀の死後、勢力を伸ばした宦官の中に曹騰が

梁冀を打ち倒した宦官が今度は勢力を伸ばし始めるのですが、この時に勢力を伸ばした宦官に曹騰がいます。曹操の祖父ですね。
 
曹騰は宦官なので子どもがいません。養子になったのが元々夏侯氏を名乗っていた曹嵩です。曹操の父に当たる人物で、三国志演義に登場するのはこの曹嵩あたりからですね。
 
梁冀の死後、宦官の力が強まり、曹騰らが勢力を広げたことを考えると、三国志の始まりは黄巾の乱ではなく、梁冀の死なのかもしれません。
 

まとめ ー 四字熟語にもなった梁冀

宮園谷三国志を読むまで知らなかったのですが、「梁冀跋扈」という四字熟語があるそうで、これは「自分の欲望のままにわがままな振る舞いをすること」だそうです。
千数百年も前の政治家の振る舞いが、四字熟語になること自体が凄いと感じます。
 
宮城谷三国志の書評を書くつもりが、すっかり梁冀の話になってしまいました。
でも、歴史上の人物って、一癖も二癖もある人物の方がおもしろいですね^^
 

おまけ ー 梁冀とうさぎ

Googleで梁冀と入力すると続いて表れるワードに「うさぎ」と表示されます。これは梁冀とうさぎが関係したエピソードが影響しているようです。

 

梁冀はうさぎが好きで、広大な土地にうさぎを放し飼いにして愛玩していました。あるとき、西域から旅してきた商人達がそれを知らずに一羽を殺したところ、怒った梁冀は商人達を10人以上殺害したそうです。何をか言わんや、ですね(・_・)