葉巻の箱に、ある軍人の名前が印刷されています。ボリバル。南米六カ国をスペインから独立させ、「解放者(エル・リベルタドール)」と呼ばれた男、シモン・ボリバルの名です。歴史上の人物の名を冠した商品は珍しくありませんが、この銘柄が興味深いのは、名前を借りただけで終わっていない点にあります。作り手自身が「その人物の性格に合わせて味を設計した」と公言しているのです。今回は、一人の司令官の生涯と、七十年以上あとに彼の名を受け継いだ葉巻の話をします。
六つの国を独立させた男
シモン・ボリバルは1783年7月24日、現在のベネズエラの首都カラカスに生まれました。彼が最終的にスペインからの独立に導いた地域は、現在の国名でいうとベネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマ、ペルー、そしてボリビアの六カ国にあたります。
数字だけ並べると簡単に見えますが、実際の道のりは連戦連勝とは程遠いものでした。1811年から1815年にかけてのベネズエラでの戦いは敗北と亡命を繰り返し、彼は一度ハイチへ逃れています。そこから再起し、1817年以降にガイアナを固め、1819年から1821年にかけて大コロンビアを成立させ、1821年から1825年にかけてエクアドル、ペルー、ボリビアの解放へと進みました。十年以上にわたる、失敗を挟みながらの長期戦です。

1824年の大コロンビア。Agustín Codazzi, Manuel Maria Paz, Felipe Pérez / Wikimedia Commons, Public domain
「解放者」と呼ばれるまで
「エル・リベルタドール(解放者)」という称号が最初に贈られたのは1813年5月23日、ベネズエラのメリダの市民たちからでした。国家が与えた勲章ではなく、街の人々が呼び始めた名前だったという点が、この称号の性格をよく表しています。
彼の名は地図にも残りました。ボリビアという国名は、彼にちなんで付けられたものです。国そのものが人の名前を受け継いだ例は、世界を見渡してもそう多くありません。
そして、彼はすべてを失った
ここからが、この話のもっとも重要な部分です。六カ国を独立させ、国名にまで名を残した男の晩年は、栄光とはほど遠いものでした。
ボリバルは自らが作った南米の共和国に次第に幻滅していきます。役職を次々と解かれ、最後はコロンビア大統領の座を自ら辞しました。そして1830年12月17日、サンタ・マルタで結核により死去します。四十七歳。かつて指揮した権勢も富も、その時の彼にはありませんでした。歴史上の英雄の最期としては、あまりに静かな幕切れです。
七十二年後、その名は葉巻になった
ボリバル銘柄が誕生したのは1902年。彼の死から実に七十二年後のことです。つまり本人がこの葉巻を吸ったことは一度もありませんし、家系や事業のつながりがあるわけでもありません。完全な後世からの献名です。
ではなぜその名が選ばれたのか。ハバノス社の公式説明にその答えがあります。同社はボリバルを「19世紀の偉大な人物の一人」「南米の大部分をスペインの支配から解放した解放者」と紹介したうえで、こう述べています。「その名の由来となった歴史上の人物の性格にふさわしく、このハバノは味わいの強烈な個性によって特徴づけられる」。
名前だけを拝借したのではなく、人物像に味を合わせにいった、という宣言です。
「最も強い銘柄」という設計
実際、ボリバルはハバノスの中で最も強い部類に位置づけられています。公式にも「ハバノス最強かつ最も風味豊かな銘柄のひとつ」とされ、強さの区分は最上位のフル。フィラーとラッパーにはキューバ西部ヴュエルタ・アバホ産の葉が使われ、公式説明では「熟練した愛好家に特に評価されている」と紹介されています。
ここは正直に書いておきたいのですが、強い銘柄は誰にとっても最適というわけではありません。入門用として気軽に薦められるものではなく、ある程度慣れた人向けの設計です。そのうえで、人物の性格を味の方向性に翻訳するという発想そのものが、この銘柄を単なる商品名以上のものにしています。歴史上の司令官がどう記憶されるかという問いに、味という形で答えを出しているわけです。興味が湧いた方は、ボリバルの名を冠したキューバ葉巻がどう構成されているかを眺めてみると、この献名の意味が少し立体的に見えてきます。
名が受け継がれるということ
三国志でも戦国でも、私たちは強い武将を語るとき、その人物の性格と戦い方を重ねて評価します。猛将は猛将らしい戦い方をしたから記憶される。ボリバルの銘柄がやっているのも、結局は同じことなのかもしれません。
四十七歳で、役職も富も失って死んだ男の名が、百二十年以上たったいま「最も強い」という評価とともに残っている。本人がそれを望んだかどうかは分かりません。ただ、名前というものが、当人の手を離れたあとにどう歩いていくのかを考えると、これはなかなか面白い例だと思うのです。
