誰も見ていない時間

ゲーム、読書、マンガ、ライフハックなどの雑記

「○○の変」と「○○の乱」の違い。日本史における乱について全て検証してみた

日本史における変と乱について記載するのは、これで三度目になります。変と乱の違いについては、成功したか失敗したかは関係ないことは間違いありません。

それでも変について調べておいて、乱について調べていないのは片手落ちかと思い、今回は乱について調べてみました。

f:id:kitahana_tarosuke:20171211232152j:plain

スポンサーリンク

 

 

日本史における「乱」の一覧

前回のときと同様に、古墳時代から江戸時代末期までで「乱」のつく事件を洗い出してみました。「乱」と似たような呼称で「反乱」というのもあるのですが、今回は「乱」に絞って検証しています。

  • 磐井の乱
  • 壬申の乱
  • 藤原広嗣の乱
  • 恵美押勝の乱
  • 伊治呰麻呂の乱
  • 元慶の乱
  • 承平天慶の乱
  • 平忠常の乱
  • 保元の乱
  • 平治の乱
  • 治承・寿永の乱
  • 承久の乱
  • 元弘の乱
  • 中先代の乱
  • 建武の乱
  • 土岐氏の乱
  • 明徳の乱
  • 応永の乱
  • 永享の乱
  • 享徳の乱
  • 応仁の乱
  • 天正伊賀の乱
  • 島原の乱
  • 大塩平八郎の乱

やはり変よりもかなり数が多いですね。めげそうになりますが、一つ一つ検証していきます。

 

成功した乱と失敗した乱

×失敗

528年 磐井の乱

筑紫君磐井が九州北部で反乱を起こすが、物部麁鹿火によって鎮圧される。

 

○成功

672年 壬申の乱

皇位継承権をめぐり、大海人皇子と大友皇子の間で争われた内乱。朝廷側の大友皇子が敗北した。

 

×失敗

740年 藤原広嗣の乱

吉備真備と玄昉の排除を要求して、九州北部で挙兵したが、大野東人によって鎮圧される。

 

×失敗

764年 恵美押勝の乱

孝謙太上天皇とその寵愛を得た道鏡をに対抗しようとして、軍事権の掌握を狙ったが失敗。恵美押勝は近江国で敗死した。

 

△判断が難しい

780年 伊治呰麻呂(いじのあざまろ)の乱

蝦夷の首長である伊治呰麻呂による内乱。正史に明確な記載がなく乱がどのように終結したのか定かになっていない。

 

×失敗

878年 元慶の乱

出羽国で発生した圧政に対する反乱。藤原保則らによって鎮圧される。

 

×失敗

931年 承平天慶の乱

平将門の乱、藤原純友の乱の総称。平将門は関東を制圧し、兄弟を関東各地に派遣、関東に独立国の建設すべく新皇とまで称したが、藤原秀郷らに破れ敗死した。

藤原純友は1000艘を超える船団の頭目として活動し、瀬戸内海の制海権をほぼ手中に治めた。その後、平将門が敗死すると朝廷の戦力が西に集中し、次第に勢力を弱め、最後は捉えられた後に獄死した。

 

×失敗

1028年 平忠常の乱

上総下総で勢力を張る平忠常が起こした反乱。平忠常は3年間に渡って朝廷に対抗したが、最後は降伏し、京都に護送される最中に病死した。

 

△判断が難しい

1156年 保元の乱

皇室および摂関家の対立を元に発生した内乱。

後白河天皇と崇徳上皇、藤原忠通と藤原頼長、源義朝と源為義など、皇室が武家を巻き込んで武力衝突が発生した。勝利を治めたのは天皇側だが、元々が天皇と上皇の争いであり、成功か失敗かの判断は難しい。

 

×失敗

1159年 平治の乱

二条天皇の即位後に天皇の新政派と後白河上皇派が対立。藤原通憲&平清盛と源義朝&藤原信頼の対立も絡んで内乱になったが、平清盛によって鎮圧された。

 

○成功

1180年 治承・寿永の乱

源平合戦とも呼ばれる源氏と平家の争い。平清盛を中心とする平氏政権に対する反乱が各地で起こり、富士川の戦いや一の谷合戦、壇ノ浦の戦いなどを経て、最終的には源氏が勝利した。

 

○成功

1331年 元弘の乱

後醍醐天皇を中心とした鎌倉幕府打倒を目的とした内乱。楠木正成、新田義貞などの活躍により、倒幕をついに成功させる。その後は後醍醐天皇を中心とする建武の新政と呼ばれる親政政治を開始。

 

×失敗

1335年 中先代の乱

北条高時の遺児北条時行が、北条氏の復権を狙って挙兵した事件。一時は鎌倉を占拠したが、足利尊氏によって鎮圧された。

 

○成功

1336年 建武の乱

足利尊氏が建武政権に対して挙兵した事件。延元の乱とも。

京都を制圧した足利尊氏は、後醍醐天皇を比叡山に追い落とすが、楠木正成、新田義貞らに破れ、九州へと落ち延びる。

その後、九州で勢力を蓄えた足利尊氏が、最終的には湊川の戦いで楠木正成らを破り、室町幕府を成立させる。

 

×失敗

1388年 土岐氏の乱

美濃の有力氏族である土岐氏の内乱。美濃の乱とも。土岐康行は室町幕府の討伐の対象とされて没落するが、翌年の明徳の乱で戦功を上げ、伊勢国守護職に復帰した。

 

×失敗

1391年 明徳の乱

山名満幸らが室町幕府に対して起こした反乱。足利義満は山名氏の同族争いも利用し、山名氏の勢力を削ぐことに成功。中心人物の山名満幸、山名氏清らは討ち死にし、山名氏の勢力は縮小した。

 

×失敗

1399年 応永の乱

周防・長門の有力武将だった大内義弘が室町幕府に対して起こした反乱。乱は全国に普及した。大内義弘は堺まで進出したが、最終的には足利義満によって鎮圧された。各地の反乱も鎮圧した足利義満は、足利氏以外の有力部族の勢力削減に成功した。

 

×失敗

1438年 永享の乱

鎌倉公方の足利持氏が起こした内乱。室町幕府の第6代将軍足利義教が今川範忠、武田信重などの追討軍を差し向けると、部下にも離反されて降伏、出家した。

 

△判断が難しい

1455年 享徳の乱

鎌倉公方の足利成氏と関東管領の上杉憲忠の争いだったが、足利成氏が上杉憲忠を謀殺ことから、室町幕府が足利成氏追討の軍を発し、今川範忠らが鎌倉に侵攻。

1476年に長尾氏の反乱があったため上杉氏は足利成氏と和睦、その後、幕府も足利成氏と和睦した。

 

△判断が難しい

1467年 応仁の乱

日本史における最大の乱ともいわれ、11年に渡って戦乱が各地で勃発した。戦国時代の幕開けの原因とされる。

畠山氏と斯波氏の家督争いから、細川氏と山名氏の二大勢力の激突に発展、戦いは全国に広がった。明確な勝者の定義は非常に難しい。

 

×失敗

1576年 天正伊賀の乱

織田信長の次男である織田信雄による伊賀制圧作戦。第一次は織田信雄が独断?で伊賀に侵攻したこともあり、伊賀忍者に敗退。第二次は信長の命を受けた織田軍5万が伊賀に侵攻。伊賀忍者の抵抗に苦戦したものの最終的には伊賀を制圧した。

 

○成功

1582年 天正壬午の乱

本能寺の変の後に、徳川家康が空白地になった甲斐信濃に侵攻、北条氏直、上杉景勝、真田昌幸などと交戦したが、最終的には甲信地方を併呑した。

 

×失敗

1637年 島原の乱

肥前島原と肥後天草で発生したキリシタン農民による大規模反乱。

幕府軍は16歳の少年である天草四郎(諱は時貞。益田時貞とも)を中心とした反乱軍の反撃に合い、総大将である板倉重昌は討ち死。その後、総勢13万ともいわれる大軍で原城を兵糧攻めにし、翌年になってようやく鎮圧した。

 

×失敗

1837年 大塩平八郎の乱

大阪町奉行所の与力で陽明学者の大塩平八郎が起こした乱。

大飢饉による民の窮乏を救おうとした大塩平八郎が与力、豪農とともに挙兵。鴻池などの豪商を襲い、穀物を窮民に分け与えたが、幕府軍との戦闘によって鎮圧された。

スポンサーリンク

 

 

治承・寿永の乱、天正壬午の乱など成功した乱

治承・寿永の乱

壬申の乱や元弘の乱については以前に記載したので、治承・寿永の乱について書いてみます。源平合戦ともいってもいい治承・寿永の乱は、平氏政権の打倒を目指した源氏の反乱です。当時は絶対的な権力を持っていた平清盛に対する戦いで、勝利したのは源氏側なので、成功した乱といって間違いないでしょう。

 

天正壬午の乱

徳川家による甲信地方への侵攻である天正壬午の乱も成功した乱ですね。当時の支配権が織田氏にあり、それに対する徳川の簒奪とみるか、それとも北条や上杉と徳川の戦いとみるか、どちらの見方もできると思います。ただ支配者側が徳川ではなかったのは明確なので、最終的に成功した乱といっていいでしょう。

 

失敗した「乱」がかなり多い

全て調べてみると失敗した乱が非常に多いですね。元々が反乱や内乱に「乱」という名前が付けられることが多いのかもしれません。これだけの数があると、勘違いしてしまうのも理解できるような気がします。

 

まとめ ー 変と乱の定義は変わらないが

大規模な戦闘があったものが「乱」で、謀反や暗殺などの歴史に影響を与えた事件が「変」という私の考えは変わりません。

 

でも、実際に調べてみると、失敗に終わった乱がかなり多いことが分かりました。成功した乱ももちろんあるのですが、内乱や反乱という言葉の通りに、失敗に終わったから「乱」と名付けられた事件も多いのでは、というのが今回の検証の結果といっていいでしょう。

 

最後に良ければ、過去記事もご一読いただければ嬉しく思います。

 

日本史における変と呼ばれる事件に関して、成功したのか失敗したのかを全て調べてみました。

 

こちらは承久の乱に絞って、成功したのか失敗したのかを考察した記事になります。

 

長文を最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。