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創業当時と今の事業が異なる企業を7社紹介。ミクシィ、トヨタ、任天堂の創業事業は?

マーケットで生き残るのは強者ではなく、変化に対応できる者だといわれています。

変化に対応できずに滅んだ例として、よく取り上げられるのが恐竜ですが、さすがに例えが古すぎて実感しにくいですね。

 

では企業ではどうでしょうか。創業時と今の事業が異なる企業はどれくらいあるのでしょう。

創業時と違う事業ということは、変化に対応し続けてきた証拠といえるのかもしれません。今回は創業当時と今の事業が異なる企業を7社ほどピックアップしてみました。

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ミクシィ Web専門のオンライン人材企業としてスタート

今ではモンストで有名なミクシィですが、創業事業はFind Job!というWeb製作者向けの求人サイトの運営でした。

 

創業時の名前も有限会社イー・マーキュリーでした。株式会社ミクシィに変更するのは、SNSであるmixiの運営を2004年に始めてから、2年後の2006年のことです。

 

Find Job!というサービスは子会社に事業を移管しましたが、今もサービスが続いています。2017年4月-9月の業績が売上高932億円で、そのうちFind Job!が含まれるメディアプラットフォーム事業は70億円を締めています。

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(出典 株式会社ミクシィ)

ただメディアプラットフォームにはmixiやチケット販売などのサービスも含まれるので、Find Job!が締める割合はさらに10分の1以下のようです。

 

今はミクシィといえばFind Job!でもなくmixiでもなくモンストですね。変化し続けてきた企業といえるでしょう。

 

トヨタ 世界最大の自動車メーカーもスタートは繊維会社

単一では世界最大の自動車メーカーであるトヨタ自動車株式会社も、元々は繊維会社の子会社としてスタートしました。

 

創業者である豊田佐吉が1926年に創業したのが、豊田自動織機製作所(現在の豊田自動織機)です。力織機と呼ばれる繊維機械の製造を目的とした会社でした。

力織機の製作で得た技術を、自動車製作に活かす目的で自動車製作部門が作られました。それが現在のトヨタの前身です。

 

当時は創業者の名前がそのままブランドとして使用されていたので、TOYOTA、ではなく、TOYODA、だったそうです。

 

正式にTOYOTAのブランドでトヨタ自動車工業株式会社(元トヨタ自動車株式会社)が設立されたのは、豊田自動織機製作所の設立から10年以上も経った1937年でした。

 

任天堂 ゲーム業界の老舗の創業事業は?

任天堂の創業事業は花札?

任天堂の創業事業が花札だったことは、ゲーム好きの人ならご存知の方も多いかもしれません。 創業時の名前も任天堂骨牌でした。骨牌というのはカルタに漢字を当てはめた言葉です。

 

任天堂の会社名の変遷がおもしろいですね。

  • 1889年 任天堂骨牌
  • 1947年 株式会社丸福
  • 1949年 丸福かるた販売株式会社
  • 1950年 任天堂かるた株式会社
  • 1951年 任天堂骨牌株式会社
  • 1963年 任天堂株式会社

創業から花札やカルタを事業としていたことが伝わってくるような社名です。任天堂がゲームウォッチを発売したのが1980年、ファミリーコンピュータの発売が1983年なので、創業時の個人商店の時代から考えると、100年近くTVゲームとは異なる事業を主力にしていたことになります。

 

株式会社灰孝本店に関する追記

はてなブロガーの先輩、サキさんから株式会社灰孝本店についてご教示をいただきました。創業者の山内房治郎氏は、かるたや花札を扱う任天堂骨牌の創業前に、石灰問屋を親から継承し株式会社灰孝本店を経営されていたそうです。くわしくはサキさんのブログにお立ち寄りいただければ幸いです。

 

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伊藤園 緑茶で有名な伊藤園も創業事業は日用品の販売

緑茶で有名な伊藤園も創業事業は日用品の販売でした。

 

創業者が1964年8月に設立した日本ファミリーサービス株式会社が伊藤園の前身です。「茶葉」の利益率が高いことと、健康志向が高まってきたことに目をつけて、緑茶の製造および販売を目的としたフロンティア製茶株式会社を1966年に設立します。

 

当時の製茶業界は老舗が幅を利かせていたことから、製茶業界に入るために伊藤園というブランドを買い取ります。フロンティア製茶株式会社を株式会社伊藤園に変更したのは1969年のことでした。

 

コーエーテクモ ゲーム好きなら光栄マイコンシステムをご存知かも

ゲーム好きの方なら、株式会社コーエーテクモゲームスが以前は株式会社光栄、さらに昔は「光栄マイコンシステム」というブランドでゲームソフトを販売されていたのをご存知かもしれません。

 

コーエーテクモゲームスの創業は、創業者が家業の染料問屋「光栄」を継いだことに由来します。その後、ソフト部門である「光栄マイコンシステム」を起ち上げ、ゲームソフトやビジネスソフトの販売を行っていました。

 

個人的にはFM-7で川中島の合戦というゲームをサルにように遊んでいました。その時はメディアもフロッピーディスクでもなくカセットテープで、ソースコードも全て閲覧することができました。書いていて懐かしいです(^-^)

 

実はこの頃の光栄はアダルトゲームもリリースしていました。それについてはコバろぐさんが詳しく紹介されています。

 

 

富士フイルム 社名にフィルムの名前はあるが

富士フイルム株式会社は社名にこそフィルムの文字がありますが、事業領域が大きく変化した会社として有名です。

 

写真フィルムの需要はデジタルカメラの普及により、世界的規模で下落しました。ピークは2000年頃だといわれています。

  • 2001年 ポラロイドが倒産
  • 2006年 コニカが写真フィルム事業から撤退
  • 2012年 コダックが倒産

 

業界に逆風が吹き荒れる中、富士フイルムは写真フィルムだけに特化せずに事業の多角化を進めます。

  • 光学デバイス
  • 高機能素材
  • デジタル印刷
  • デジタル複合機
  • メディカル

などの分野に進出しました。2000年にはフィルム事業は売上高全体の54%を占めていましたが、2011年度の決算では1%以下にまで減少しています。

 

会社名にこそ富士フイルムという名前は残っていますが、今は主力は別の事業といっていいでしょう。

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エルメス バッグで有名なブランド

最後に海外の企業も取り上げてみます。

エルメスのブランドで有名なフランスの株式合資会社エルメス・アンテルナショナル社の創業事業は馬具の製造でした。

 

エルメスのロゴマークに今でも馬車が使われているのはその頃の名残りですね。

任天堂が今でも花札を販売しているように、実はエルメスも馬具の販売を続けています。おそらくバッグやウェアのメーカーとしてしか認知されていないと思いますが・・・

 

まとめ ー 変化に対応できる企業が生き残る

マーケットで生き残るのは強者ではなく、変化に対応できる者だといわれています。

 

今回は事業領域が大きく変わった会社をピックアップしてみましたが、まったく変わらない会社ももちろんあります。

どちらが優れているという訳ではなく、変化に対応しつつ生き残っていること自体が素晴らしいと思います。新規に起業した会社の10年生存率は一割以下だそうなので。

 

個人的には事業領域が大きく変化しても、創業事業を残している企業に好感を覚えます。任天堂の花札みたいに、ですね。