子どもの時間は長く、大人の時間は短い。新しいことを始めよう。

子ども

先日、子どもと二人でお出かけをしました。

 

お出かけの理由は私の親との食事です。私からみれば、親に子どもを会わせて食事を一緒にするだけの一種の親孝行なのですが、子どもにとっては、大好きなおじいちゃんとおばあちゃんに遊んでもらえる一大イベントです。

 

今日は彼にとっての一大イベントを詳細に・・・ではなく、家から駅までのほんの数十分におきた出来事を紹介します。

f:id:kitahana_tarosuke:20170721235103j:plain

 

 

私には変わりない日常でも子どもにとっては

我が家から最寄りの駅までは、大人の足で大体10分くらいかかります。通勤のときなどは、少し早足で歩くので、8分から9分くらいです。

 

でも、その日は20分ちょっとかかりました。

 

私にとって駅までの道のりは、いつもと変わりのない日常でした。強いて言えば、いつもの出社時刻と異なるので、太陽の光の角度が違うくらいでしょうか。

 

でも、小学生低学年である彼にとって駅までの道のりは、様々な出会いがあったようです。

 

セミ、カエル、ザリガニ、そして電車

セミが夏に向けて盛大に合唱をしていました。

 

自分の身長よりもはるかに高いところにセミを見つけた彼は、今なら手を伸ばせばセミを捕まえられるかもしれない、と肩車を要求します。

 

小さな用水路では必死になってカエルを探します。去年に同じ場所でカエルを見つけたことをまだ覚えていたようです。

 

用水路にはザリガニも居ます。2cmか3cmくらいのまだ子どものザリガニを目ざとく見つけた彼は、触りたいのか、捕まえたいのか、突っつきたいのか、とにかくザリガニに何かをするために今度は棒を探し始めます。

 

ようやく線路が見える位置まで歩いてきたら、今度は大喜びで電車と並走を始めます。

 

駅についてもまだ終わりません。私は定期券があるので、子どもの切符だけを券売機で買おうとしたのですが、彼は自分で切符を買いたいと言い出します。

 

ようやくホームに降りて、あとは電車が入ってくるのを待つだけと思っていたら、今度は反対側に入ってきた各駅停車の電車が気になったのか、それを見ようと走り出します。

 

結局、家を出てから電車に乗り込むまで、たっぷり20分以上はかかりました。

 

子どもの時間は長く、大人の時間は短い

子どもと大人で時間の流れは一緒ではありません。

何を言っているんだ、一緒じゃないか、と言われそうですが、一緒ではないのです。

 

なぜ一緒ではないのか。

 

それは新しいことを経験しているかどうかが原因です。人間は年をとるとともに経験が増え、新しいことに接する機会が減っていきます。人間の脳は新しいことを経験しないと、だんだんと時間の流れが速くなって来るように感じるそうです。

 

子どもの場合は、新しい事象、初めて経験することが多く、時間の流れは緩やかです。

駅までのほんの10分ほどの距離でも、新しく経験することが数え切れないくらい多くあります。

 

大人でも学生時代を振り返ってもらえれば、すぐにこの感覚は理解してもらえると思います。学生時代の1年間と、今の1年間とで、時間の流れはどちらかが早かったでしょうか。

 

まとめ ー 新しいことを経験するしかない

毎日、当たり前のように起き、当たり前のように朝食を食べ、当たり前のように出社する。新しいことを経験しない生活は時間の流れがどんどん早くなっていきます。

 

私自身はこれに反抗をしたいと思っています。

大人が時間の流れが早く、子どもが緩やかなことをジャネーの法則というそうです。そのジャネーの法則が気になって記事も書いてみました。

 

 

ブログを初めたので、次はTwitterを始めました。今更、Twitter!?、と突っ込まれるかもしれませんが、私にとっては初めてのTwitterです。

 

さて、次は何を始めようかな^^

コメント

タイトルとURLをコピーしました